ドクターマーチン(Dr Martins)ーブランド図鑑 vol. 12

戦後、1人のドイツ人医師が 自身の足の後遺症を解決するために作った靴。それが様々な出会いを経てユースカルチャーや音楽と結びつき、今日では反骨精神の象徴として多くの人々を魅了するようになったブランド、"ドクターマーチン(Dr Martins)"をご紹介する。

戦後、1人のドイツ人医師が 自身の足の後遺症を解決するために作った靴。それが様々な出会いを経てユースカルチャーや音楽と結びつき、今日では反骨精神の象徴として多くの人々を魅了するようになったブランド、"ドクターマーチン(Dr Martins)"をご紹介する。

目次

ブランドのなりたち

1945年、兵役に従事していたドイツ人医師、クラウス・マーチン(クラウス・マルテンス)が、戦後、バイク事故やスキーで患った自身の足の後遺症を解決する靴作りに着手。10代の頃靴屋の手伝いをして製靴の知識を持っていたマーチンは、戦後に残っていた靴修理屋の靴型と針を廃物利用し、ユニークなエアクッションソールを発明した。これがドクターマーチンソールである。古いタイヤをアレンジしたものだが、クッション性に優れていたという。47年、機械工学の知識を持つ大学時代の旧友の後押しもあり、パートナーシップを結んでこれをドイツから商品化した。2人のビジネスは10年経たないうちにとても上手くいくようになった。50年代、これを目に留めたイギリスのR.グリックス社と技術提携を結び、改良を重ねたエアークッションソールはラバーなどの天然素材には困難とされていたグッドイヤーウェルトと呼ばれる底付け技法を可能にし、靴市場に大きな影響を与えた。1960年、初の8アイレットブーツ「1460」(1960年4月1日に発売されたことを意味するコード)を発売。それは、oxblood色、黄色いステッチ、丸みのあるシルエット、「Air Wair」(ビルが二人が開発したエアークッションソールをAir Wairと名付けた)と記されたヒールタブ、エアクッションソールというドクター・マーチンと一目でわかる特徴を備えていた。2000年代にはブーツを中心に、世界で年間1,200万足を売り上げるまでに成長したが、2002年には英国の工場の1つを除き、その他すべての工場を閉鎖することを余儀なくされた。そこで2003年、1460ブーツに新たな息を吹き込む試みとして、世界中に知られたファッションデザイナーやブランドと組むことでブランド再生を開始。そして2010年には創立50周年を迎え、今なお"世界中どこにもない靴づくり"を続けている。

ドクターマーチン(Dr Martins)

出典:https//www.instagram.com

ドクターマーチン(Dr Martins)について

イギリスのシューズブランド"ドクターマーチン(Dr Martins)"。アイコンシューズは8ホールブーツ(8EYE BOOTS)で、始めはワークブーツとしてのイメージが強く、その耐久性からおもにブルーワーカーと呼ばれる労働者から絶大な支持を得た後、労働者の権利を訴える彼らの精神性を象徴するスタイルとして定着。60年代後半には、反体制的なスキンヘッズがドクター・マーチンを履いたことにより、ユースカルチャーと深く結びつくきっかけとなる。また、イギリスのロックバンド「ザ・フー(THE WHO)」のピート・タウンゼント(Pete Townshend)がドクター マーチンの8ホールを履いたことで音楽の場でもアイコンとして若者に取り入れられる様になった。特に、パンクスに多く着用され、反体制を謳うときや、戦いの場でドクターマーチンがよく履かれてきた。他にもビートルズ、ローリング・ストーンズ、クイーンなどの大物ミュージシャンが使用し、世界的に著名な映画監督・キューブリックの代表的な映画、『時計仕掛けのオレンジ』でも使用されるようになったことで世界に強烈な印象を与え、大きな知名度を得ることとなった。今日では、あらゆるジャンルを超え反骨精神の象徴として、ストリートファッションとして多くの人々を魅了しているブランドである。

ミュージックがドクターマーチンのハートビート
ドクターマーチンは、音楽無しでは、ワークウェアのままだったでしょう。
ドクターマーチンを履いたミュージックファンたちは今ではブランドの一部と言ってもよい存在です。
出典:ブランドヒストリー | ドクターマーチンオフィシャルオンラインショップ | Official Dr. Martens Store - JP

ドクターマーチン公式サイト

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