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ハイヒールを何度でも。母親になっても自分らしさを保つためには

赤ちゃんを産むと、ママを取り巻く環境は大きく変化するもの。ひとりの時間、着たい服、履きたい靴…諦めていませんか。

赤ちゃんを産むと、ママを取り巻く環境は大きく変化するもの。ひとりの時間、着たい服、履きたい靴…諦めていませんか。

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こんにちは、ライターのあおい陽です。2013年2月生まれの娘をもつ、シングルマザーでもあります。みなさんには、子育てと引き換えに諦めたものはありますか。わたしが大切なひとり娘と引き換えに諦めたもの—それは、ハイヒールのパンプスでした。

大好きだったハイヒールを封印した日。

それに気づいたのは、2012年5月のこと。まだ妊娠がわかる時期でもないのに、なんとなく予感はありました。どうしても待ちきれず、正確に判定ができない時期に使った検査薬は「陰性」。なのに、どうしても妊娠への期待がぬぐえず、何度も何度も、繰り返し検査薬を使っていました。

「もしかしたら、妊娠かもしれない」

陽性を示すラインに赤い線が入ったのは、最初に検査薬を使ってから一週間以上が経過した日のこと。産婦人科で、まだ赤ちゃんの姿さえ見えないほど小さな袋が見えました。この子を、守らなければ—。その日わたしは、それまで毎日履いていたハイヒールのパンプスを封印したのでした。

履き慣れないフラットシューズは、足の裏が痛かった。

妊娠をするまで、何年もハイヒールばかりを履いてきたわたしの足。靴ずれだってなんのその、ハイヒールのパンプスで歩き回り、ヒールの底が擦り切れるまで、ハイヒールを履きつぶすのが常でした。そんななか、妊娠を機に購入したフラットシューズ。履き慣れないフラットシューズは、ただただ「足の裏が痛かった」という記憶しかありません。ハイヒールに慣れすぎているわたしの足は、フラットシューズを履いたときにうまく体重を分散できなかったのでしょう。指の付け根がヒリヒリと痛み、ハイヒールで起こしやすいかかとの靴ずれとはまた違う悩みを抱えたのでした。

もうどれぐらい、靴を買っていないんだろう。

2013年2月、無事に娘を出産しました。重症妊娠悪阻(おそ)にはじまり、切迫早産、癒着胎盤…とトラブルばかりに見舞われた妊娠中。出産後も、娘の検査入院ではじまり、付き添いのため布団で眠ることができない日々。とても穏やかとは言えない産後生活がスタートしました。やっとの思いで迎えた生後1ヵ月のお宮参り。お宮参りの直前まで入院生活を送っていたため、素敵な着物を選ぶ時間の余裕はありません。妊婦のときにきていたぶかぶかのブラウスと、体の大柄な母に借りたサイズの合わないパンプスでお参りに行かなければなりませんでした。

待ちに待ったはずの娘との生活は、思うようにいかないことばかりです。赤ちゃんは、ミルクとおむつの時間以外は、ほとんど眠って過ごすものだとばかり思っていた当時のわたし。けれど実際は、ちっとも眠らない娘を前に、睡魔に抗いながらやり過ごすだけの毎日です。娘を連れて近所を歩くのがやっとで、自分の服装を気にする余裕などまったくありませんでした。

そんなある日、すっかり底が擦り切れてかかとが外れてしまったパンプスと目が合いました。妊娠中から履き続けている、あのフラットシューズです。もうどれぐらい、靴を買っていないんだろう。けれど、自分の靴を買うには、試し履きをしなければいけない。試し履きをするには、店に行かなければいけない。店に行くには、電車に乗らなければいけない。よそいきの服を着て、娘がぐずってしまわないよう、たくさんの準備をしなければいけない…。とにかくもう、外へ出るのが億劫でなりませんでした。そんな時間があるのなら、眠ってしまいたかった。

気がつくと、ハイヒールのパンプスを封印してから、二年が経っていました。

産後のシューズは、履きやすさと歩きやすさでしか選べなかった。

先日、Twitterで親しくしてくれているママさんたちに向けて、こんなアンケートをとってみました。

333名の方にご回答いただいたアンケートを見てみると(ご協力ありがとうございます!)、7割の人がフラットシューズ派であるのに対し、普段からハイヒールを履く習慣がある人はわずか3パーセントほどしかいないことがわかります。

子育てをはじめると、子どものことばかりに目がいきがちで、自分のことは二の次、三の次。服を買いにいっても、つい子ども服ばかりに目がいってしまう…なんて経験、もしかすると誰もがあるものかもしれません。靴を選ぶときだってそう。子どもと過ごす時間ありきで考えますから、選ぶ靴は子どもを抱っこしながらでも履けて、歩きやすいのが条件です。それってきっと、当たり前のことなのかもしれませんが。

「母親らしさ」と「自分らしさ」のあいだで苦しむ日々

娘が歩きはじめたころから、外に出る機会がぐっと増えました。それは、人とかかわる機会が増えることでもありました。児童館に通えば、よそのママが自分よりもずっときれいにしていることに目がいきます。靴を脱いであがる部屋、靴箱に並んだ靴のなかで、わたしの靴だけが汚れて、だらしがないように見えました。みじめで、かっこわるい。けれど、それこそが母親らしい姿だと思っていました。母親だから、化粧をする暇があるなら子どもと向き合ってあげるべき。母親だから、きれいな服よりも汚れてもいい服を着るべき。着たい服よりも、母親らしい服を。履きたい靴よりも、母親らしい靴を。
この子のために、たくさんの我慢をしている。「母親らしく」にとらわれたわたしの頭は、けっして健全なものとは言えませんでした。

「ママちゃん、かわいい」に意識が変わっていく。

少しずつ意識が変わり始めたのは、娘が2歳のときのこと。古くからの友人に「これなら落ちにくいから家事もできるよ」と、自宅でジェルネイルを施してもらったのがきっかけでした。ストーンもアートもないシンプルなラメグラデーションでしたが、「ママちゃん、かわいい!」と娘が大絶賛。わくわくとした表情でわたしのネイルを眺める娘を見てはじめて、きらきらとしたものに興味を持つほど女ゴコロが育っていたことに気づいたのでした。

娘のために作ったメイクパレット。ラメが飛び散らないよう表面を硬化しているため、色うつりをしません。

母親らしくないから…と避けていた化粧品に手を伸ばすようになると、娘が真似をしてメイクをしたがるようになりました。さすがに本物の化粧品を使わせるわけにはいかないので、娘がメイク遊びを楽しめるようなおもちゃを手づくりしました。

ずっと着ていなかったワンピースに袖を通すと、これまでズボンしか履かせていなかった娘が、「わたしも着たい!」と、ワンピースを欲しがるようになりました。着たい服に合わせようと思うと、靴が欲しくなりました。数年ぶりにハイヒールに足を入れてみると、背筋がしゃんと伸び、世界がまるで違ったように見えたのです。

ハイヒールを何度でも。大切なのは自分らしくいること。

ハイヒールと再び出会ったことで、少しずつ気持ちに変化がありました。着たい服が着られるように、産後ゆるんだままだった体型を引き締めたい。きれいな服を着たいし、独身のころのように、メイクだって楽しみたい。子どもと過ごす日にも、ハイヒールの靴を履く日があったっていいんです。

まだまだ幼い娘を連れて、ハイヒールを履くわたしは「母親らしく」はないかもしれません。ですが、母親らしさばかりにとらわれて、自分らしさを見失っていたころよりはずっと、自然なかたちで向き合えているような気がしています。なにより、娘が「ママちゃんみたいになりたい」と言ってくれることが増えたことが、わたしのささやかな誇りです。

とはいえ、これが正しいかどうかはわたしにはわかりません。「母親らしい」姿だってきっと素敵です。ですが、かつてのわたしと同じように、母親らしさにばかりとらわれて、自分らしさを諦めているジレンマを抱えている人がいるのなら、いっそ思い切って肩の力を抜いて、いま一度「自分らしさ」と向き合ってみませんか。

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