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1980年代…あの頃、スニーカーは若者のステータスだった

スニーカーの歴史を振り返ると、日本において広く大衆の靴として認知されたのは、1980年代です。伝説のバッシュ「エア・ジョーダン」のブームにより、かつては若者のステータスとなっていたスニーカー。その歩んできた轍を辿っていきます。

スニーカーの歴史を振り返ると、日本において広く大衆の靴として認知されたのは、1980年代です。伝説のバッシュ「エア・ジョーダン」のブームにより、かつては若者のステータスとなっていたスニーカー。その歩んできた轍を辿っていきます。

目次

マッチの代表曲が口火を切った?日本でのスニーカーの普及。

近藤真彦の「スニーカーぶる~す」という曲があります。
「ペアで揃えたスニーカー…」の歌い出しで、始まるマッチの代表曲ですが、この曲が発売されたのが、1980年。
スニーカーが若者のアイテムとして認知され始めた時期でした。

アメリカでは、70年代後半には若者のトレンドに。

その履きやすさ・デザイン性に、アメリカの若者は飛びついた。

その履きやすさ・デザイン性に、アメリカの若者は飛びついた。

アメリカでは一足早く、1970年代後半に、硬い革製のスポーツシューズから乗り換える若者が急増したことで、市民権を得ていたスニーカー。

日本でのスニーカー普及を察知していた、作詞を担当した松本隆先生の慧眼が光ります。

「エア・ジョーダン」の登場で、スニーカーは若者のステータスに。

いまだに新作が出続けている「エア・ジョーダン」。かつての神様もすっかり経営者の顔に。

いまだに新作が出続けている「エア・ジョーダン」。かつての神様もすっかり経営者の顔に。

それはさて置き。
80年代初頭からじわじわと一般化していったスニーカーは、1984年にNIKEから発売された「エア・ジョーダン」により、人気が爆発!

これ以降は、高品質のスニーカーが市場に多数出回り、持っていることが若者のステータスとなったのです。

その後、スニーカーブームは、90年代のエアマックスに引き継がれています。
かつての社会現象になるまでのヒットアイテムは出ていないにしても、デザインに優れ、動きやすいスニーカーは、現代においても、私たちの心をつかんで離しません。

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