この道60年。靴を知り尽くした靴職人のこだわりと仕事を知る

街角にたたずむ一軒の工房。人ひとり入るといっぱいになってしまうその小さな工房に、靴を抱えたお客さんがひっきりなしに入っていきます。そして店主と会話を交わしたお客さんは、みな一様に「仕上がりが楽しみです」と笑顔でお店を後にします。お客さんを笑顔にする、その理由を探して来ました。

街角にたたずむ一軒の工房。人ひとり入るといっぱいになってしまうその小さな工房に、靴を抱えたお客さんがひっきりなしに入っていきます。そして店主と会話を交わしたお客さんは、みな一様に「仕上がりが楽しみです」と笑顔でお店を後にします。お客さんを笑顔にする、その理由を探して来ました。

目次

直せない靴はほぼありません。それだけたくさん靴を作ってきましたから

「この靴、直るかしら?10年以上履いている大事な靴で、どうしても直して履きたくて……」と、お客さんが工房を訪ねて来ました。お客さんが手にしている靴を見て「これは初めて直す靴ですね。カカトのところを直してあげれば大丈夫ですよ。とってもいい靴ですから、一生履けます」と店主・宮戸勝次さん。靴をパッと見ただけで靴の状態を瞬時に把握したことに、お客さんは少々おどろいた様子。

そして続けて「カカトも直しますが、この靴はもうちょっと磨いてあげた方がいいですよ。磨いてあげるともっと素敵になりますから」と言い、宮戸さんは靴墨を取り出し、靴の磨き方をお客さんにレクチャーし始めました。

「靴磨きでいちばん大事なところは“押縁(おしぶち)”なんです。ここをよく磨いてあげてください。縫い糸も磨いちゃってください。靴墨をつけて磨いてあげると、脂が染み込んで糸が丈夫になるんですよ。それと、ソールの側面もきれいに磨いてあげてくださいね」と宮戸さん。

磨き上がったピカピカの靴を見て「とっても大事な靴だからうれしいわ」とお客さん。宮戸さんに教えてもらった靴の磨き方も、わかっているようで知らなかったことばかりで「目から鱗」で勉強になったとのこと。

靴の性質やダメージの受けた箇所を見定め、どのように直すのが最善かを導き出す宮戸さん。修理の方法をお客さんに事細かに説明していきます。年季の深さゆえでしょうか、修繕のノウハウや工夫、知恵があふれんばかりに出て来ます。

そしてお客さんの「お預けしていきます、よろしくお願いします」という言葉に、宮戸さんも「しっかりと直させていただきますね」と返し、靴を預かります。この後も、ひとり、またひとりと、靴を持って、宮戸さんのもとに相談に来るお客さんが続きました。

16歳で靴の世界に飛び込み、靴づくりの基礎を徹底的に体得

この地に「職人工房 MIYATO」を構えて18年。それまで靴職人として工房に勤めていた宮戸さんに、息子さんが「親父の技術を継ぎたい」と切り出し、ふたりでオープンしたのが「職人工房 MIYATO」のはじまり。宮戸さんは息子さんに靴作りや修繕の技術を教え込み、今ではふたりでお店を切り盛りして、毎日25足から30足ほどの靴を直しているのだそう。

修理する靴のなかには、同業の靴修理店や問屋さんから依頼されるものもあり、「宮戸さんのところに持っていけば、直せない靴はない」と、業界内ではそのような定評もあるそうです。

宮戸さんが靴職人としての一歩を踏み出したのは16歳のとき。丁稚として近所の靴店に入りました。もともと物を作ることや、手を動かすことが大好きだったという宮戸さんは、そこで親方にみっちり仕込まれ、器用さがあったのでしょう。普通の人が6年で覚えることを3年でマスターして注文靴を作り、技術を磨いていったのだそうです。

昭和のはじめ頃、革靴はスーツと同様に、あつらえるものでした。町の靴屋さんには靴を作る職人がいて、注文を受けると、職人が1足1足作っていたのです。宮戸さんもそんな靴職人のひとり。実にたくさんの靴を作ったのだそうです。そしてそこでの修行を終えた宮戸さんは、さらに腕を磨くため、静岡県・御殿場の工房の門を叩きました。その工房は、登山靴を専門に作るところでした。

宮戸さんが登山靴の製法を学ぼうと思ったわけは、防水や防寒、耐久性の求められる登山靴には、靴作りにおける基本や縫製技術が凝縮されているから。そこで修行し、さらなる靴作りの基本を身につけるべく、3年間みっちりと仕事をしたのだそうです。

その当時、宮戸さんのように、どこの工房にも属さず、さまざまな工房を渡り歩き、仕事をする職人がたくさんいたそうです。「“渡り職人”なんて言ったんですが、みなさん自分の腕だけで勝負していましてね。そういった職人の先輩からも教えていただくこともありました」。

昔気質の職人さんというと“自分の技術は他人には教えない、見て学べ”というイメージがあります。実際はそんなことはなかったようで、教えを請えばみんな快く教えてくれたそうです。

「私の親方はとくに、とても丁寧に、根気よく教えてくれましたよ」と当時を振り返る。「それもすべては一切、手を抜くことなく手間をかけて作りなさいという教えだったのではないかと思います」

宮戸さんは、現在に至るまでの60年以上もの間、登山靴をはじめ、さまざまな工房で仕事をして自らの腕一本で日々靴と向き合っています。ゼロから靴を作ってきたからこそ部品一つひとつのこと、縫い方、製法までをも熟知している。靴を熟知するがゆえの、職人のノウハウたるや、まさに“修繕技術のデパート”。次から次へと、それぞれの靴にあった最善の修繕法で靴を直していくのです。

靴を知っているからこそ修理ができる

宮戸さんの手にかかると、靴がどんどん生まれ変わっていきます。「靴は手入れがいいと、ちゃんと恩返ししてくれる」と宮戸さんは言います。手入れをするということは、その物を大事にし、愛着を持って向き合っている証しなのだと。

「靴は裏こそが大事なんですよ。布を指に巻いてクリームをつけて、ピッカピカに磨いてあげるんです。昔は、電車などで座って足を組んだときに、このピッカピカの裏が見えるとかっこいいっていうのがあってね。唾をピッピッってつけながら磨いであげるとものすごくツヤが出ますよ」。ソールがみるみるうちにピカピカに磨き上げられていきます。

こちらは丁稚の頃から使っているというロウ。指先で“適量”をとり、靴に擦り込み磨いていきます。「靴に傷がついちゃっているときは、その部分を色で染めてあげて、最後にロウで磨いてあげて照りとツヤを出してあげるんです。お客さんもびっくりしますよ。“傷があったのに消えてる”って。傷がついていることにぜんぜん気がつかないお客さんもいらっしゃいますけど、私は修繕の依頼がカカトの修理だけであっても、もし靴に傷をみつけたらこうして直して差し上げます」

「この靴は、つま先をすっちゃったんだね。“こすれて白くなっちゃって履けないからどうにかできないか”って僕のところに来たんすが、こういうのは、あっという間に直っちゃいますよ」と、宮戸さんが奥から小瓶を持ってきました。

「これは“早染めインキ”というものです」。一般的に、こすれた部分は、塗料をつけて上から吹き付けるという方法で修繕をするのだそうです。

「この早染めインキは、革のなかに塗料が入りこんでいくので、黒く染めたところがこすっても白くならないんですよ。でも、これは、シンナーが入っていて揮発性が高いので染めたままにしておくとよくない。すぐに栄養クリームをつけてあげるんです」。

こういったことも、知っているからこそ対応ができることで、知らなければ、靴を傷めてしまいかねないのです。

次から次へと手際よく、靴を修理していく宮戸さん。工房には、あふれんばかりのたくさんの靴が、所狭しと宮戸さんに修理をしてもらうのを待っています。今度は、ソールのすり減りの修繕依頼のあった靴の修理をはじめました。

かかとのトップリフトを外し、ヒールを外していきます。「うちではぜんぶ一度、糸を抜いてしまいます。そして補修パーツをつけたあと、さらにその部分に新たに出し縫いをかけていきます。そうすると何度でも修繕して、ずっと履き続けることができるんです」。

次は、ソールの縫われている糸を切り、ソールを外していきます。このとき、宮戸さんが手にしているのは包丁。握りしめた包丁に力を込め、ザクザクザクザクザと、一息でステッチを切っていきます。

宮戸さんは基本的な作業はこの包丁で行うのだそう。「昔はみんなこうして包丁で作業をしていましたが、今は包丁を使って作業する人はほとんどいないと思いますよ。ハサミでパチパチとやるんじゃないですかね。それだと時間がかかる。包丁だと一気に切ることができるので作業が圧倒的に早いんです」。

以前に、宮戸さんに師事して店を訪れた靴のスピード修理店の人が、この包丁を手にしたとき、手が震えてしまい、作業をすることができなかったことがあったのだそうです。宮戸さんの包丁捌きを見ていると、迷いがまったくない。まるで包丁を入れる線が見えているかのように、一気に切っていく。これも靴の構造を熟知しているからこそできる熟練の技なのでしょう。

また、工房には年代物のミシンや、長年使いこまれた道具が並んでいます。このミシンは昭和40年製で、知人から譲り受けたもの。靴やカバンを縫うのに使うのだそう。「みんな現役ですよ」と宮戸さん。

宮戸さんは、お客さんとの会話のなかで「まだまだ履けますよ」「長く履いてあげてください」という言葉をよく口にしています。手入れをしながら長く使うということ。工房に並ぶ、現役の道具たちからも、宮戸さんの“長く大事に使う”という気持ちが表れているように感じました。

次々と今日1日に修繕すべく靴を手にとり、作業をすすめていきます。それぞれに合った方法で、それぞれに修理を施します。その工程を見ていると、宮戸さんが時折、必ず手にする木片があることに気づきました。

「靴はバランスがいちばん大事なんです。だから直すとき、全体のバランスを見てあげるんです」と宮戸さん。靴底を木片にのせているのは、かかとの2箇所と、ソールの一部分、その3点が木片にピッタリ合うかをチェックしているのだそうです。修理前、どのあたりのバランスが崩れているのかをチェックし、修繕後は、この3点がピッタリと合っているかをチェックするのです。

「うちが忙しいっていうのは、こういうことをやってるからなんだろうな。機械じゃできないことがたくさんあるんですよね。長年の勘というのかな、この手でなければ、できないことがあります。良い仕上げをするために、お客さんに失礼のない仕事をするために、この手でもって作業をするんですよね」

“手仕事”と聞くと、それだけで「なんだか良さそうだ」と思いがちだけれど、手仕事だから良いというわけではなく、良い仕上げをするために手で仕事をする。工房で、宮戸さんの修繕する手を追って見ていると、そんなことを感じずにはいられません。

お客さんの大事な靴を、大切に扱い、蘇らせるリペアという仕事。「お金だけもらっていちゃダメだよね。お客さんに喜んでもらえるものを作らないと」と宮戸さん。「職人工房 MIYATO」を訪れたお客さんが、みな一様に笑顔で工房を後にするのは、1足の靴を通して、宮戸さんのそんな想いと出会うからなのかもしれません。

職人工房 MIYATO

〒146-0093
東京都大田区矢口1-20-1 マテリアル101
電話:03-3757-2689
営業:9時30分~19時30分
定休:日曜

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