HOSHINO BESPOKE SHOESのはじまり
東京・上野、繁華街の喧騒を離れた住宅街に佇む複合施設「ROUTE89 BLDG」。カフェや工房などが入る、その一角に「HOSHINO BESPOKE SHOES」(以下HOSHINO)のアトリエがあります。HOSHINOでは、こちらのアトリエでカウンセリング、採寸を行い、フルオーダーとセミオーダーの2種のオーダーシステムからひとつを選択してデザインやヒール、素材などを決めていきます。
アトリエを訪れ、中をのぞくと天井に吊るされたたくさんの“木型”にまず驚くことでしょう。実にたくさんの木型が所狭しと並んでいます。木型という言葉は、靴好きなら聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。木型とは靴の元になる“型”のこと。
この木型にアッパー(甲革)と呼ばれる革を縫い合わせたものをかぶせて、木型に添わせながら留め、革を叩きながらシワにならないように木型になじませていきます。その後も、いくつもの工程を経て、最後にヒールを釘を打ち、靴底を貼って靴はできあがります。
「ここには200足ほどの木型があります」とHOSHINO BESPOKE SHOESの代表・星野俊二さん。世の多くの女性は、たとえばパンプスを買おうと靴屋さんへ行ったとき、気に入ったデザインがあれば、自分のサイズのパンプスを出してもらい、試着する。そして、大きすぎず、小さすぎず、きつくなければお買い上げ、という靴選びをするのではないでしょうか。
23cm、23.5cm、24cm、24.5cm……。0.5cm刻みで用意された靴。そのなかから、なるべく自分の足に合う靴を選び、履く。人の足は、大きさがちがえばかたちも違い、人それぞれ。それなのに、6種類くらいのサイズ展開のなかから、自分の足のサイズに近いものを選ぶ。「それって、雑じゃないかなと思ったんです」と星野さん。それをなんとかできないものかと考え、立ち上げたのがHOSHINO BESPOKE SHOESのはじまりでした。
他にはない婦人靴のオーダーシステム
星野さんは靴職人としては少々、異色のキャリアをもっています。大学卒業後、星野さんは公認会計士として監査法人に就職。公認会計士の道を邁進するのかと思いきや、2年半ほど経った頃、浅草の工房で靴職人になるべく修行をはじめました。公認会計士の仕事のかたわら、アフターファイブや休日に靴づくりを学びに行ったのだそうです。
公認会計士という仕事をもちながら、なぜ靴職人という道も歩みはじめたのでしょう。「もともと物を作る仕事をしたいと思っていたんです。でも、物を作ることを仕事にするというのはとても難しいことだとも思っていたので3、4年、ずっとアンテナを張っていました」と星野さん。「なにかおもしろいことはないか」とアンテナを張り続ける日々のなかで、通勤時に目にする女性の靴が気になったのだそう。
「言葉が悪いんですけど、女の人の靴ってちょっと汚いなと思ったんです。歩いているときに、かかとがパカパカしていたり、サンダルみたい、つっかけて履いていたり、ヒールの装飾が剥がれてベリベリになっていたり……。それで、婦人靴について調べてみたら、実はみんな靴に関してはいろいろと悩みを抱えていることを知りました」
そこからさらに調べを進めてみると、女性たちは、6種類ほどしかサイズの用意がない靴に、自分の足を合わせて履いているということを知り「これはとても興味深い」と思い、浅草の靴職人さんのもとを訪ねて修行を申し入れたのだそう。そして約3年の修行を終えた星野さんは「HOSHINO BESPOKE SHOE」を立ち上げ、婦人靴のオーダーメイドをスタートさせました。
「ひとつのデザインあたり、90種類の設計を用意することにしました」と星野さん。多くの既製の婦人靴は、22cmから24.5cmまでのサイズが0.5cm刻みで用意され、幅は統一、履く人が靴に足を当てはめるというのがオーソドックスなかたち。
一方、HOSHINOでは21cmから26cmまでのサイズを0.5mm刻みで用意し、さらに幅を9段階まで用意しています。10段階のサイズ×9段階の幅=90種類。「長さ、幅の違いを、碁盤の目のようにもち、アトリエには試着できる靴をすべて用意しています。アトリエでお客さまの足を見て、まず履いていただきます」
「履き心地というのは、お客さまが履いて心地よいかどうかという、お客さまの感覚なんですよね。だから、履かないとわからない」と星野さん。カウンセリング時に、お客さまの足を見て、その人がふだん履いているサイズや靴にまつわる悩みを聞き、星野さんは一旦シュミレーションするのだそうです。
「この方の足の特徴はこうで、普段こういう靴を履いていて、こういったトラブルを抱えている。それはどうしてか、というのを頭で考えます。そのうえで“これを履いたなら、そのトラブルはなくなるんじゃないか”という靴を割り出して、いくつか履き試していただきます」
お客さまの足を見て、星野さんが頭のなかでシュミレーションし、90種類の設計のなかから、90分の1までせばめる。そしてその靴を履き試してもらう。すると、ちょっと右がゆるい、ちょっとココが当たる、などが出てくるので、当たって気になる部分などを緩和するために、革を1枚ないし、2枚入れるなどして、空間をつくって微調整をかけていくのだそうです。
この作業は“のせ甲”といい、木型に革を貼ることで調整をして、そのうえからアッパーの革をつり込んでいきます。「90分の1で当てはめ、近いものを履いてみて、それが良いのか、悪いのか、悪いところはどこなのか。その不具合が出たところに調整をかけるというのが、うちのセミオーダーの足合わせです」と星野さん。
採寸が終わったら、色や革の種類、ヒールの高さ、深さ、つま先の形などを選んでいきます。ヒールは1cm、5cm、7cm、8cmと選べ、素材はベビーカーフ、エナメル、スウェードなどがあり、カラーは30色以上をラインナップ。
ひとつのデザインあたり90の設計からひとつを選び、職人自らの手で独自の調整を行う形で、フルオーダーに近い履き心地を実現して、かつデザインやカラーの組み合わせで、世界でひとつだけの自分のための靴を作り出しているのです。
またHOSHINOではフルオーダーも行なっています。フルオーダーの場合は、その方の足に合わせて木型を起こすので、木型を起こすからこそできる要素があるのだそうです。
「たとえば、かかとが小さい方がいるとします。既製の靴のかかと幅は、つま先の幅にあわせて、比率が決まっています。フルオーダーでは、このバランスを変えるのです。前は2Eで、かかとまわりはCにしましょうか、という話をお客さまとすることができるのです」。フルオーダーはサイズ感に関しても、およそ1mm単位での調整もできるのだそうです。
美しいだけでなく、履き良い靴を仕立てる
「日本人女性の足の平均サイズは23.5cmですが、うちのお客さまの平均は22.5cmなんです」と星野さん。HOSHINOのお客さまの9割くらいが、自身の足のサイズを大きく把握しているのだそうです。「足に靴が当たる、つま先が痛いなど、どこか不具合があると、人は必ず大きいものを履きます。ピタっと合わせられる靴があれば、本来のサイズで履けますが、サイズがないので仕方のないことです」
外反母趾の方も、その箇所が当たるがゆえに、必ず大きいサイズの靴を普段から履いているのだそうです。と同時に、靴のなかに足がまっすぐに入らないために、小指やかかとなどの靴擦れに悩まされているのだとか。
HOSHINOでは木型に独自の調整を加えることで、フルオーダーだけでなくセミオーダーでも、左右の足それぞれに目立つことのない外反母趾向けの調整をしています。そうすることで、足、本来の正しいサイズを履けるようになり、外反母趾の箇所だけではなく、各指やかかとの感覚も改善していくのだそうです。
また小さな足で悩まれているお客さまもときどきいらっしゃるそうです。「21cmより小さい足の女性は人口の1%以下です。だから21cm以下の靴というのはめったにありません。その方は、21.5cmの靴をいつも買って、中敷などを詰めて履いていたそうです。うちで20.75cmを履き試していただいたら、履き心地がよいとのことだったので、お仕立てしました」。
HOSHINO BESPOKE SHOESが世の女性のために靴を作り始めて3年。その間、作った靴は1000足を超えます。星野さんに、靴を作るうえで大切にしていることはなんですか?とたずねたところ「お客さまにとって必要な一足になること。お客さまの目的と合致すること。履き心地がよく、美しいと思っていただける靴を作ることです」という答えが返って来ました。
そして続けて「サイズがあることが当たり前になっている世の中が、人に靴を合わせるということが当たり前になってほしい」と。
HOSHINO BESPOKE SHOESはこれからも、一足一足に熟練の技術を込め、実用性と美しさを兼ね備えた靴を作りつづけていくことでしょう。
HOSHINO BESPOKE SHOES ATELIER
住所:東京都台東区東上野4-13-9 ROUTE89 3F
営業:10:00-21:00(予約制、月曜火曜定休日)
電話:03-4405-6673
出典:オーダーメイドの婦人靴HOSHINO HOSHINO BESPOKE SHOES-オーダーメイド靴のHOSHINO 靴職人Shunji Hoshinoによるオーダーメイド婦人靴のブランド(東京)。職人から採寸と直接のアドバイスを受け、世界に1つだけのハイヒールをお仕立て。フルオーダー/セミオーダーあり。納期60日。価格39,000円~。24H予約受付。