直せない靴はほぼありません。それだけたくさん靴を作ってきましたから

「この靴、直るかしら?10年以上履いている大事な靴で、どうしても直して履きたくて……」と、お客さんが工房を訪ねて来ました。お客さんが手にしている靴を見て「これは初めて直す靴ですね。カカトのところを直してあげれば大丈夫ですよ。とってもいい靴ですから、一生履けます」と店主・宮戸勝次さん。靴をパッと見ただけで靴の状態を瞬時に把握したことに、お客さんは少々おどろいた様子。

そして続けて「カカトも直しますが、この靴はもうちょっと磨いてあげた方がいいですよ。磨いてあげるともっと素敵になりますから」と言い、宮戸さんは靴墨を取り出し、靴の磨き方をお客さんにレクチャーし始めました。

「靴磨きでいちばん大事なところは“押縁(おしぶち)”なんです。ここをよく磨いてあげてください。縫い糸も磨いちゃってください。靴墨をつけて磨いてあげると、脂が染み込んで糸が丈夫になるんですよ。それと、ソールの側面もきれいに磨いてあげてくださいね」と宮戸さん。

磨き上がったピカピカの靴を見て「とっても大事な靴だからうれしいわ」とお客さん。宮戸さんに教えてもらった靴の磨き方も、わかっているようで知らなかったことばかりで「目から鱗」で勉強になったとのこと。

靴の性質やダメージの受けた箇所を見定め、どのように直すのが最善かを導き出す宮戸さん。修理の方法をお客さんに事細かに説明していきます。年季の深さゆえでしょうか、修繕のノウハウや工夫、知恵があふれんばかりに出て来ます。

そしてお客さんの「お預けしていきます、よろしくお願いします」という言葉に、宮戸さんも「しっかりと直させていただきますね」と返し、靴を預かります。この後も、ひとり、またひとりと、靴を持って、宮戸さんのもとに相談に来るお客さんが続きました。

16歳で靴の世界に飛び込み、靴づくりの基礎を徹底的に体得

この地に「職人工房 MIYATO」を構えて18年。それまで靴職人として工房に勤めていた宮戸さんに、息子さんが「親父の技術を継ぎたい」と切り出し、ふたりでオープンしたのが「職人工房 MIYATO」のはじまり。宮戸さんは息子さんに靴作りや修繕の技術を教え込み、今ではふたりでお店を切り盛りして、毎日25足から30足ほどの靴を直しているのだそう。

修理する靴のなかには、同業の靴修理店や問屋さんから依頼されるものもあり、「宮戸さんのところに持っていけば、直せない靴はない」と、業界内ではそのような定評もあるそうです。

宮戸さんが靴職人としての一歩を踏み出したのは16歳のとき。丁稚として近所の靴店に入りました。もともと物を作ることや、手を動かすことが大好きだったという宮戸さんは、そこで親方にみっちり仕込まれ、器用さがあったのでしょう。普通の人が6年で覚えることを3年でマスターして注文靴を作り、技術を磨いていったのだそうです。

昭和のはじめ頃、革靴はスーツと同様に、あつらえるものでした。町の靴屋さんには靴を作る職人がいて、注文を受けると、職人が1足1足作っていたのです。宮戸さんもそんな靴職人のひとり。実にたくさんの靴を作ったのだそうです。そしてそこでの修行を終えた宮戸さんは、さらに腕を磨くため、静岡県・御殿場の工房の門を叩きました。その工房は、登山靴を専門に作るところでした。

宮戸さんが登山靴の製法を学ぼうと思ったわけは、防水や防寒、耐久性の求められる登山靴には、靴作りにおける基本や縫製技術が凝縮されているから。そこで修行し、さらなる靴作りの基本を身につけるべく、3年間みっちりと仕事をしたのだそうです。

その当時、宮戸さんのように、どこの工房にも属さず、さまざまな工房を渡り歩き、仕事をする職人がたくさんいたそうです。「“渡り職人”なんて言ったんですが、みなさん自分の腕だけで勝負していましてね。そういった職人の先輩からも教えていただくこともありました」。

昔気質の職人さんというと“自分の技術は他人には教えない、見て学べ”というイメージがあります。実際はそんなことはなかったようで、教えを請えばみんな快く教えてくれたそうです。

「私の親方はとくに、とても丁寧に、根気よく教えてくれましたよ」と当時を振り返る。「それもすべては一切、手を抜くことなく手間をかけて作りなさいという教えだったのではないかと思います」

宮戸さんは、現在に至るまでの60年以上もの間、登山靴をはじめ、さまざまな工房で仕事をして自らの腕一本で日々靴と向き合っています。ゼロから靴を作ってきたからこそ部品一つひとつのこと、縫い方、製法までをも熟知している。靴を熟知するがゆえの、職人のノウハウたるや、まさに“修繕技術のデパート”。次から次へと、それぞれの靴にあった最善の修繕法で靴を直していくのです。

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